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コラム

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2024-12-21

フィリピン出張(神棒 2024年12月)

2024年最後の海外出張に行ってきました。フィリピンのマニラです。マニラ訪問のあと、ブルネイもついでに寄ることにしました。東南アジア諸国連合(ASEAN)は10カ国から構成されますが、これでASEAN諸国すべてを訪問したことになります。

 

ASEANでは、人口が1億人を超える大国が3つあります。今回訪問のフィリピンは人口1億1500万人、最大のインドネシアが2億8300万人、ベトナムが1億人です(いずれも2024年国連推計)。ベトナムやインドネシアは過去何度も訪問していたのですが、今回、フィリピンへ訪問することでこれらの将来性豊かな3国を相対化する視点を持てたことは収穫でした。製造業、不動産、外食ビジネスの話を聞け、投資不動産物件なども実査することができました。3国の比較を意識しながら今回の渡航記を記述していきます。

 

フィリピンの一人当たりGDPは2024年インフレの影響を除いた実質6%の成長が予想され、一人当たり名目GDPはUSD4,154となっています。現地ビジネスオーナーの話では、コロナ時には強権的なロックダウンなどを行った結果、営業停止などビジネスには大きな影響があったようです。しかし、2021年以降回復し、ドルに対する大幅な為替減価もなく、インフレを抑え込んで6~7%の実質成長を実現しています。(数値出所:IMF予測数値、以下GDP数値も同じ)

 

同様にインドネシア、ベトナムでもコロナからの回復過程で、大幅な為替減価もなく5~6%程度の実質GDP成長を見せており、東南アジアの中でも3国の成長力の高さが目立ちます。

 

<開発が進むマニラ中心部>

今回はマニラのみの訪問でしたので、フィリピン全体を見ていることにはなりませんが、マニラ内の物価は、外食など身近なところでは日本の大都市以上に高い印象です。消費も活発で活気があります。外食を経営する日本人ビジネスオーナーの話では、日本からの調達の強みを生かし、店のロケーションを厳選することで、収益を上げているようです。単価が相応にとれ、若年人口が増えているため採用も容易で、人件費水準はまだ高くないので利益が取れるとのことでした。

<マニラの高層ビル谷間>

 

不動産物件では、マニラ中心部で外国人駐在者向け賃貸物件、バケーションレンタル用物件、若者向け寮などを見ましたが、賃貸収入による表面利回りが8~10%程度でした。カジノ施設などマニラ市内は開発が進んでおり、日本からの投資も含め活発な印象でした。但し、東南アジア全体の傾向と思いますが、新築物件の間は良いが、一般に中長期で見るとオーナーが物件価値維持のためのメンテ、修繕費用を出さない傾向が強いといった点も聞き、投資決定のためには資本支出やキャピタルゲインなどを踏まえた実質利回りをよく検討する必要があると考えています。

 

ところで、仕事柄、「東南アジアの3つの大国のうち、どこでビジネスを行なえばよい」、「どこにより将来性があるか?」、「日本以外に長期的な拠点を持ちたい。どの国が良いか?」など聞かれることがあります。

 

答えはどのようなビジネスを行うか、つまり商品・サービスの特性に応じて適合しやすい市場は違います。また現地の有力企業とのアライアンス可能性、競合他社、サプライチェーンの状況などに依存します。ここでは、目先の個別ビジネスでなく、長期、マクロ的な成長性を簡単に記述したいと思います。

 

今、3国の名目一人当たりGDPは、USD4,000~5,000のレンジで、各国大差はありません(インドネシアUSD4,900、ベトナムがUSD4,600)。コロナ後の成長実績、人口増加動向などを考えれば、景気循環はあるにせよ、当面実質GDPは4~7%程度の成長が継続するものと予想します。海外から低い人件費などに着目した工場などの生産拠点設立や急成長する消費需要を見越した直接投資により、従来なかった新しい財・サービスが提供されていくものと思われます。雇用が生まれ、生産性の向上に伴い、賃金が上昇します。賃金上昇に伴い消費や車購入などが増加します。このような環境では、基本ビジネスはやりようで、どこで事業展開しても軌道に乗せやすく、成長を享受しやすいとは思います。

 

ところが、これらの状況は10年、20年の単位で変わります。現地の賃金が上昇してきますので、海外先進国企業からの投資先として見ると、新たな新興国とのコスト比較、競争にさらされます。また、賃金の上昇があり豊かになって寿命が延びても先進国で見られるように生まれてくる子供の数が減り、人口が老齢化し、高成長経済を維持できなくなります。

 

経済成長により一人当たりGDPが中所得水準に達した後に、経済成長パターンを転換できずに成長が鈍化もしくは低迷していく状態は「中所得国の罠」と呼ばれたりします。例えば、アルゼンチン、ブラジル、タイ、マレーシアなどがこれにあたります。身近なアジアで言うと、タイでは一人当たり名目GDPはUSD7,500、マレーシアはUSD13,000となっています(尚、参考として米国、日本の一人当たり名目GDPはそれぞれUSDS86,000, USD33,000です)。中所得国の罠に陥ると、低コストに着目した生産拠点として中途半端になり、旺盛な消費需要に着目した市場としても魅力に欠け、拠点として見直さなければならない場面も出てきます。

 

一方、中所得国の罠を見事に打ち破っている国も存在します。例えばシンガポール(一人当たり名目GDP USD89,000)、韓国(同 USD36,000、台湾(同 USD33,000)などです。シンガポールは日本の2.7倍、かつては日本と所得水準で大差があった韓国や台湾は日本を追い越してしまいました。(日本が高所得国から脱落し中所得国に逆戻りした点については今回のフィリピン訪問の論点から離れるので別の機会にしたいと思います。)

 

これらの罠を打ち破った国は、海外からの直接投資を受けて成長をする中で、所得が上がる中、コスト勝負ではなく、知識集約型、高付加価値ビジネスにシフトしていくことに成功したことが要因と考えられます。シンガポールであれば金融、研究開発型の医薬品開発、韓国であれば携帯電話、液晶などの電気・電子産業、IT、台湾は最先端半導体製造などです。例えば、世界最大の半導体製造会社である台湾のTSMCは1980年代に半導体の製造請負、安い製造コストを売りにした半導体受託製造を始めましたが、技術を高め、半導体のいわゆる後工程から設計や前工程へバリューチェーン上の浸食を図り、最先端半導体の最大手に成長しました。TSMCの株式時価総額は1兆ドル(約150兆円)になっており、日本最大のトヨタの2.5倍です。(時価総額、為替換算は2024年12月時点)

 

高付加価値のビジネスクラスターを生み出し、国際貿易上の比較優位を確立できれば、輸出ができ、自分たちが生産できないもの(食料、エネルギーなどを含む)を有利に輸入することができ、経済効率がさらに高まり、GDPも成長します。中所得国を脱し、先進国、高所得国になるにはすそ野の広い高付加価値産業で世界の中で存在を得ることが重要です。北欧やシンガポールのように人口数百万人の国は特殊ですが、フィリピンなど1億人を超える大国では複数の産業で世界市場の先端にいることが必要と思われます。

 

それでは、もとに戻って東南アジアの大国3か国でどこが中所得国の罠を突破できるでしょうか。今後次第であり、3国とも突破する可能性はあると思います。一番可能性があるのはベトナムではないかと思います。

 

国家がある産業に狙いを定めて、その産業を保護し、補助金をつけて産業開発したら世界をリードする産業が生まれることはないと思います。日本ではそのような政策が継続されていますが、全く成果を生んでいません。現実には、いくつかの偶然の要素が重なり、本来その国が持っている比較優位要素、文化などの要素と組み合わさって高付加価値産業集積が生まれると考えます。このためには、政策としては、科学技術のすそ野を広げ、教育に投資し、高度知識を持った人材がビジネスしやすいような環境を整えることが王道と考えます。

 

これらの条件を最ももっているのがベトナムと感じます。教育や人材育成などそれぞれの国の全体状況をみることは簡単ではありませんが、例えば、PISA(Programme for International Student Assessmentの略、経済協力開発機構(OECD)が実施する国際的な学習到達度調査で、15歳児を対象にした読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3つの分野についての調査)を見てみます。

 

先述のシンガポール、韓国、台湾などは世界最高水準を示しています。ベトナムは世界34位で、ノルウエーやイスラエルなどの国とほぼ同水準を示しており、現在の経済的な水準と比較し高いと感じます。インドネシアが69位、フィリピンが77位となっており、ベトナムの高さが目立ちます。PISAはあくまで一面でしかありませんが、人材育成が比較的進んでおり、科学水準のすそ野が広がりと水準がますます高まる可能性を感じます。

 

一方、気になるのが、ベトナムの統治機構です。共産党一党独裁ですが、最近の中国で見られるように起業家精神などにネガティブな影響を与える運営がなされる懸念があります。先述の通り、高度な知識を持つ起業家に自由を与え、リスクをとってもらってこそ世界をリードするビジネスが生まれると考えられます。政策で邪魔をしないことが重要です。ベトナムはこれからの統治機構の変革にかかりますが、中国や日本の失敗に学び、軌道修正を行っていく可能性は十分にあるものと考えます。