コラム
column
2025-08-25
イギリス ケンブリッジ訪問(神棒 2025年7月)
イギリスのケンブリッジに行ってきました。私はケンブリッジ大学の経営大学院を卒業しています。ビジネススクール事務局が入学後5年毎(一般的には大学は卒業後何年という形で考えることが多いですが、ケンブリッジ大学は入学時点からの年数を数えます)に同窓会を開催し、世界に散らばる同級生が集まります。2025年は20年を迎えるため、切りもよく、普段から連絡を取っている同級生とも示し合わせて参加しました。
イギリスがEUから離脱するというBREXITの投票が2016年にあり、51.89%の人がEU離脱を支持しました。この時点で私は、イギリスは当面ビジネスの場や投資先としてウエートを下げざるを得ないと考え、ビジネスのレーダーの視界から消えました。実際、これ以降、イギリスに進出やイギリスとビジネスしたいという企業等相談を受けたことはありません。EU離脱決定後、実施まで離脱条件を巡ってEU側と合意まで大混乱となりました。2017年以降、ロンドンなどを2回ほど訪問したのですが、母校のあるケンブリッジには足を延ばしませんでしたので、久しぶりの訪問となりました。
<ケンブリッジと同窓会の様子>

同窓会では、事務局からビジネススクールの現状説明や、現役の教授からAIやマーケティングに関する特別講義を受けました。講義室に座っていると、20年前、朝から夕方まで講義に出席し、グループワークで同級生と議論して課題をこなす日々が懐かしく思い出されました。戦略のフレームやファイナンス理論などは、しっかりとまとまった本でしかも日本語で勉強した方が知識自体は身に付きやすいかもしれません。しかし、欧米先進国や新興国出身の多種多様なバックグラウンドを持つクラスメートや講師と時には摩擦を引き起こしながら課題を進めていくことは良い経験となりました。また、クラスメートと自由にチームを組んで実際のコンサルティングプロジェクトを経験するという課題では、県無事リッジから中国本土へ訪問し、後に中国人民銀行総裁になるエリート高官、さらにエジンバラに訪問し、スコットランド大手銀行の幹部へインタビューし、世界のトップビジネスマンと面識を持ち、楽しかった記憶も残っています。大学としては、ケインズ、ニュートン、ホーキンズ博士など数えきれない知の巨人が研究拠点としていた長い知の歴史、イギリスの優れた「noblesse oblige」(高い社会的地位や権力を持つ者は、それに見合った責任や義務を果たすべきだという道徳観)の精神が感じられる雰囲気が好きでした。総じていえば、自分のライフスタイルやビジネスモデルを構築する大きなヒントになりました。
今回の訪問でクラスメートや学校関係者と話していると、BREXITは良かったのか悪かったのかの議論になりました。イギリスに20年以上とどまりビジネスをしているインド出身のクラスメートは「BREXITはすべきでなかった。なければイギリス社会は今より良かったであろう。」と言っていました。EU離脱は英国にとって正しかったか間違いであったかというサーベイ(出所:Statista, https://www.statista.com/statistics/987347/brexit-opinion-poll/)を見てみると2025年6月の段階で正しかったという回答が31%、間違いであったという回答が56%になっており、多数が後悔しているようです。
BREXIT決定後、EUとの離脱交渉が難航し大混乱した後は、2024年に保守党から労働党に政権交代しました。労働党政権はEUへ再加盟すること、関税同盟や移動の自由の再構築までは目指していないようですが、EUとの貿易障壁を低くする措置や安全保障の協力強化を図っており、保守党政権より親EU路線、グローバル路線と感じます。結局、大混乱、政権交代を経て、移民などの問題は制限的に対処しつつ、経済的にはEUや諸外国と協力してビジネス活動を促進する方向で進んでいるようです。
現在、アメリカの関税措置の導入により、世界中が混乱していますが、イギリスはアメリカ向け輸出関税10%となり、当コラム執筆時点、世界で一番低い水準となっています。トランプ大統領はモノ(自動車、鉄鋼など)の輸出入にこだわっていますが、イギリスはモノ輸出が少ないためアメリカにとって貿易赤字は問題でなく、最優遇の関税率を得た面があります。さらに、もともと英語という言語、民主主義の理念などを共有し、軍事、ビジネス、文化などの交流が大きく、特別といわれる英国と米国の関係も影響し、トランプ政権もドイツ、フランスといったヨーロッパ大陸の国のように敵対視していない面があると考えます。
このようにイギリスはフランスやドイツなどと比較しトランプ大統領からの無意味で無茶苦茶な混乱に巻き込まれていないように見えます。一方で、BREXITの揺り戻しでEUとの関係改善も進んでおり、トランプ大統領の任期中、少なくとも数年は有利な状況にあると想定されます。IMFの2025年7月時点の予測では2025年の実質GDP成長率予測はイギリス1.2%、フランス0.6%、ドイツ0.1%、2026年の同数値がイギリス1.4%、フランス1.0%、ドイツ0.9%となっており、イギリス経済の底堅さ、レジリエンスがやや高めに見込まれています。
アメリカが自分たちファースト、世界に脅しをかけて貿易を管理、世界マーケットからの離脱を図っている現状では、日本を含めアメリカ外の人の多くはビジネスや投資先の代替地を探しています。イギリスはもともと金融、IT、リーガルサービス、研究開発型製薬業などの知識集約型産業に強く、アメリカと同じような産業構造を持つ存在で研究開発や本社機能のアメリカ代替地として一番に挙げられるところではないかと考えます。ロンドンは、金融、法務、IT、会計など専門家の蓄積が大きく、長い国際都市としての歴史もあり、BREXIT以降も他の金融都市と比較し競争力を維持していると感じます。
科学技術開発拠点であり、ビジネスのインフラともいえる大学も同じことが言えます。BREXITが決まったあと、私はケンブリッジ大学の評価、例えば世界大学ランキングの順位が下落するのではないかと心配していました。ビジネススクール在籍時に多くの学生、研究者、研究資金がヨーロッパ大陸を含め世界中から集まる実態を見ていたため、EU離脱は大学の評価に直結するのではないかと心配しました。BREXITの投票から9年が経ちましたが、ケンブリッジ大学はTime Higher Education(THE)による2024年ランキングで世界5位、QS世界大学ランキングでは2位となっています。近年やや下落している傾向も感じなくありませんが、アメリカでは留学生ビザの取消、ハーバード大学など有力大学への補助金・助成金の縮小、政府との訴訟の動きが出ており、著名な研究者チームがアメリカを離れるなどの動きが出て、アメリカの大学の競争力が落ちる可能性が広く懸念されています。頭脳流出が広がる場合、ケンブリッジ大学なども受け皿として最有力となりうると考えます。
先述の通りBREXIT以降、反グルーバル化でビジネス対象、投資先としてイギリスを見なくなり、大幅なアンダーウエートとしていましたが、今回の訪問を契機として、私自身もイギリスへのウエートを上げていきたいと考えています。