コラム
column
2026-07-23
ロサンゼルス、パリ出張(神棒 2026年5月、6月)高級スーパーが売る「幻想」の正体
〜LA・Erewhon(エレウォン)とパリ・La Grande Épicerie(グラン・エピスリー)に見る富裕層ビジネスの対比〜
はじめに
今年5月にロサンゼルス、6月にパリを訪問いたしました。私は海外へ渡航するたびに現地の市場や流通を観察するのを楽しみにしておりますが、今回は両都市を代表する最高級食品スーパーマーケットである、LAのErewhon Market(エレウォン・マーケット)と、パリのLa Grande Épicerie de Paris(グラン・エピスリー・ドゥ・パリ)を訪れる機会を得ました。
いずれも富裕層が集う最高峰の食の殿堂ですが、顧客に提示している価値提案(バリュー・プロポジション)や、売っている「幻想」はまさに対極にあります。日常生活の必需品にプレミアムを乗せて販売するこれら2つの店舗を通じて、米仏の消費文化とビジネスモデルの違いについて考察してみたいと思います。
2つの最高級スーパーの概要
まず、両店の背景を簡単に紹介いたします。
Erewhon Market(エレウォン)
1960年代にボストンでマクロビオティック専門店として創業後、ロサンゼルスで独自の進化を遂げたオーガニック・ハイエンドスーパーです。現在はセレブリティやインフルエンサーが集う「ウェルネスの聖地」となっています。有名モデルとのコラボレーションによる1杯20ドル超の「オーガニックスムージー」や、厳格な原材料基準を満たしたオーガニック・ヴィーガン食材が並び、単なる食品店を超えたライフスタイルブランドとしての地位を確立しています。現在12店舗あります。
〈Erewhon外観と店内の様子>

La Grande Épicerie de Paris(グラン・エピスリー)
パリの歴史ある老舗百貨店「ル・ボン・マルシェ(Le Bon Marché)」の食品館として誕生した、フランス食文化の象徴的な店舗です。世界中から厳選された食材、フランス各地の職人(アルチザン)によるチーズ、ワイン、パン、惣菜が広大な敷地に美しく陳列されています。観光客だけでなく、本物の味を求める地元パリジャン・パリジェンヌの日常の贅沢を支える美食のテーマパークです。現在パリに2店舗を展開しています。
<La Grande Épicerie de Parisの外観と店内の様子>

1.店舗空間:無機質な「見られるステージ」vs 伝統的な「食の劇場」
建築や空間の雰囲気(Vibe)は、お客様が何に対して対価を支払っているのかを雄弁に物語っています。
Erewhon(ロサンゼルス)の店舗は、洗練されたコンクリート打ちっぱなしのモダンな内装です。清潔で無機質な空間は、買い物客自身を主役として引き立たせる背景(バックドロップ)のように機能しています。ここでは買い物客はお互いを観察し合い、自らのヘルスコンシャスなライフスタイルをアピールしています。まさに「見る/見られる」の関係が成り立っているステージのような空間と言えます。
対して、パリのLa Grande Épicerieは、歴史的なドーム天井の下に広がる伝統的で温かみのある「食の劇場」です。店内にはベーカリーの香ばしい香りが立ち込め、対面式のチーズカウンターやポップアップのジェラートスタンドが並んでいます。人々は周囲の目を意識するのではなく、純粋に目の前の食材や食空間そのものを楽しんでいます。
2.価格設定:虚栄心への投資 vs 生活の質(QOL)への投資
両店の価格帯を比較すると、米仏の物価差以上に「何に価値を見出しているか」の違いが露わになります。
Erewhonの価格設定は、もはや現実感を失っているレベルです。今回私はホットバーで一番ベーシックな牛肉料理と自社ブランドのソーダを注文したのですが、簡単に45ドル(約7,200円)が吹き飛び、冗談のように高いです。これは単なる食品の代金ではなく、カリフォルニアの「ウェルネス神話」や「ステータス」に参入するための強制的な寄付金(ドネーション)のようなものです。物価高の米国においても、完全に自尊心や虚栄心(Vanity)に値付けがされている印象を受けます。
一方のLa Grande Épicerieも決して安くはありませんが、Erewhonと比較すると驚くほど正気な価格帯に見えます。これはフランス社会において、質の高い食事が「一部の富裕層だけの特権」ではなく、「文明的な生活を営む権利(Art de vivre)」として根付いているからだと考えられます。どれほどプレミアムな食材であっても、生活のリアリティから乖離しすぎない価格設定が維持されています。
〈Erewhonデリの様子 ランチコンボとソーダで45ドル〉

3.品揃えとサービス:ドグマ的ウェルネス vs 官能的な美食
品揃えの思想も実に見事なコントラストを描いています。
Erewhon(LA):
徹底して「肉体の純粋性」と「永遠の若さ」を追求する空間です。オーガニック、グルテンフリー、ローフード(Raw Food 自然の食材を加熱せずに生きたまま接種する食事法)といった厳しい基準をクリアした「燃料(Fuel)」としての食材が並びます。機能性やヘルスケアのドグマ(教義)が棚を支配しています。
La Grande Épicerie(パリ):
徹底して「人生の歓喜」と「味覚の快楽」を祝祭する空間です。職人が作るジャムから、贅沢なパテ、最高峰のワインまで、文明化された生活のあらゆるスペクトラムが網羅されています。
サービス面においても、効率的で少し距離感のあるErewhonに対し、La Grande Épicerieは伝統的な市場の活気や人間味が残されており、購買体験としての温かみがあります。
おわりに
買い物を終え、店を出る時に手にするショッピングバッグが、両店の本質をすべて物語っています。
Erewhonが売っているのは、「健康」という名目にカモフラージュされたヤシの木の下のステータスです。一方、La Grande Épicerieが提供しているのは、フランスの伝統的な生活美学(Art de vivre)に裏打ちされた、本物の食体験です。後者の方がはるかに商品バリエーションが豊かで、人間味に溢れ、そして幸運なことにずっと手頃な価格で手に入ります。
同じ最高級スーパーでありながら、資本主義の最前線で「機能とステータス」を売るアメリカと、歴史と伝統の中で「豊かな生活文化」を売るフランスの構造的な違いを鮮明に体感した渡航となりました。
しかし今回、何より残念に感じたのは、こうした世界の最先端トレンドが日本の報道やメディアでほとんどカバーされていないという現実です。そのためか、両店とも店内で日本人を全くと言ってよいほど見かけませんでした。日頃から欧米に出張しているビジネスパーソンに尋ねても、存在すら知らない人が大半でした。20年ほど前までであれば、「LAでいま最も熱いウェルネススーパー」や「パリで進化を遂げる伝統の食の殿堂」としてニュースや雑誌で盛んに取り上げられ、現地には流行に敏感な日本人が駆けつけていたはずです。
現場で感じたこの「日本人不在」の光景は、単なる情報の遅れにとどまらず、日本社会全体の精神的な内向き化や孤立、そしてかつて世界一とまで称された洗練された消費者意識の低下を象徴しているように思えてなりません。
〈両店のショッピングバッグ〉
